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2015年02月05日

月曜日は、ある勉強会でした。

最後にお茶会になるのですが、そこで高齢者の話が出てきました。

ある方が、老人ホームの雰囲気が暗い感じがして、そんなところで最期を迎えるのは、

さびしいなぁ、、、というお話をされました。

認知症の方のことを誤解を恐れずに言えば、、、人生の最後につけが回ってきたのではないか、

ともお話されました。


精神世界では、すべてに偶然はないと言います(私もそう理解しています)。

認知症になる方は、死の恐怖をやわらげるためになるのだという理屈がありますが、

私もそのように考えていました。

つまり「死」に対する恐怖があまりにも強いので、わからないようになるのだということです。

それは、宇宙の計らい、神の恩寵ともいえるのではないかと思っていました。


認知症は、人生の最後につけが回って来たのだ、と言われた方はこういう認識でした。

「人生の中で、自分と向き合って来なかった。そういう人は、シャットアウトしてしまう。

それが、認知症になるのではないかと考えている。」ということでした。

なるほどなぁと思いました。

大好きな日曜美術館で、野見山暁治のことをやっていたのですが、御年93歳!

エッセイストとしても非凡な方ですね。

大体、画家は病により短命か、すごーく長生きかどっちかだなという印象です。

野見山さんは、時には冷静に、時には諦観し、時にはユーモアを持ち、

自分を含む世界を見つめ続けてきました。

この「向き合う」ということが、「向かっている」姿勢が彼をしやっきりさせているのでしょう。


そして、自己と向き合う、周囲と向き合うことを拒絶する姿勢は、「逃げる」という

ことなのでしょう。

これが先の方の、認知症はシャットアウトしてきた「つけ」ということなのかもしれません。

結局、ものごとはバランスを取ります。

この人生で取れなければ、来世か来々世で。

物理の法則みたいに、絶対です。例外はありません。


今現在、病やその他様々なことで、「私はなんてひどい目にあっているんだろう」と

嘆いている方もおられるでしょう(私もその内の一人です)。

でも、良い(と思えること)も、悪い(と思えること)も

大宇宙の視点で見れば、変わりはないのかもしれません。

あっちの極に行っては、今度はこっちの極に揺れ動く、まるで自動運動のように。

その輪廻の世界(苦しみの世界)から、抜け出るには、

不安や恐怖の大元を、目を見開いてじっくり見てやるのです。

被害者意識に陥って、自己憐憫に浸っているのをやめるのです。

病と向き合う、、、自分と向き合う、、、。

これはたいへんなことですね。

でも、これが人生という「学校」で学ぶ最大のことかもしれません。

実を言うと、私も逃げたい気持ちと必死に戦いながら、

時には打ちのめされつつ、学んでいる最中です。

ああ、、、どうかこれがいつの日か、懐かしい思い出話になりますように。


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