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幸せには、4つあるそうです。 その2

2015年04月14日

幸せには、4つあるそうです。

①快楽

②幸せ

③喜び

④至福     

だそうです。


「快楽」は肉体的で、「幸せ」は精神的なものだそうです。

幸せのほうが少し良くて、洗練されていて、少し高いけれど、

快楽とあまり違いはないそうです。

OSHOによれば、同じコインの裏表と言います。

快楽が原始的で、動物的だそうです。

幸せは少し文化が発達していて、少し人間的だそうです。

しかし、どちらもマインドの世界で演じられているゲームだと言います。

肉体的な感覚にそんなに関心があるわけでなく、精神的な感覚により多くの関心が

あるというだけのようです。

食べ歩きが趣味の人と、クラシックファンとはあまり違いはないということかしら?

「快楽」と「幸せ」は、どちらも外側に関係があるようです。


三番目の幸せは「喜び」です。

喜びは、スピリチュアルで、外側や他人とは関係がないそうです。

内面的な現象であり、状況に依存していないものと言います。

それはものによって生み出される刺激ではなく、平和で沈黙した状態と言います。

瞑想的な状態です。


そして、喜びをさらに超えたものが、「至福」であると言っています。

至福は全体的です。

肉体的でも、精神的でも、スピリチュアル的でもない、分離していない状態です。

分離できない、超越したものと言っています。

これを仏陀はこう説明しているそうです。

『第一は快楽、これは幸せを含んだもの。

第二は至福で、これは喜びを含んだもの。』

至福とは、自分の存在のもっとも深い中心に到達していることを意味していて、

エゴすらなく、沈黙だけが広がっているそうです。

あなたという人間は消えていて、喜びではあなたはまだ少しいるが、

至福ではあなたはいない、非存在の状態と言っています。


快楽は瞬間的なもので、時間に属しています。

時間に属しているものは「一時的なもの」です。

それには始まりがあり、終わりがあるということです。

対して、至福はやってくることも去っていくこともなく、

すでにあなたのもっとも深い中心の部分にある、そうです・・・


快楽は誰か他人に乞い願わなくてはならず、それは当然のように依存し、

自らを無力な者と見ることになってしまいます。

しかし、至福は自分の内にあるものだから、自分がマスターになれるのです。

仏陀は言います。

『あなたが今まで、意味があり大切だと思ってきたものをすべて手放しなさい。』

(そ、そ、そ、そんなことは、まだ私には出来ません!)


OSHOの解説を読むと、

以前荻窪の住宅街で、私に突然起こった体が透明になっていく体験は

「至福」と感じましたが、「喜び」だったのですね、

自分という感覚が微かに残っていましたから。

その体験のあと、

「人間は多少の不幸がないと、肉体を地上に維持出来ない。

完全に幸福になったら、肉体は必要なくなる。

だから、常に多少の不幸を作り出し見つけ出し、

まるで風船が飛ばないように、不幸を重しとしているんだな。」

という気付きがありました。

その翌日、皮肉にも夫の悪性脳腫瘍が発見されたのです。

もちろん、その不思議体験をした時点で、夫の脳腫瘍はあったわけですが、

どうしてそんなタイミングなのだろうと思いました。

幸せ以上の「喜び」体験の翌日、最悪の癌発見ですから・・・

これも何かバランスをとっているのでしょうか?

いやいや、バランスをとるのは、快楽と苦痛のはず。

結局は、快不快の出来事に翻弄されているだけなのでしょうか?

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まぁ、せっかく肉体を持っているのだから、快楽の追求も楽しみたいですし、

その上の幸せや喜びも体験したいものです。




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