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たいへん!清原以上の中毒患者が2人。

2016年05月28日

私の鍼灸院に、清原容疑者以上の
中毒患者がやってきました!


長年の友人であるPちゃんです。
ここしばらく、モヤモヤうずうず
しているそうです。

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明るく真面目なPちゃんは、
ある宗教を信仰しています。
私も何度かお誘いを受けましたが
断り続けています。


昨年も例会に誘われましたが
「楽しそうじゃないから」と
私は断ったそうです(自分でも
覚えてないけど、はっきりすぎです、私)


彼女が宗教をやり始めたのは
上手くいかないことがあったから
そして、幸せになりたかったから。


で・・・・・・


何年もやっているけれど
幸せはあまり感じていない様子。


なぜなんでしょうねー。


その宗教団体の主宰の方は
「○○しないと、幸せになれないよ」
と発破をかけてくれるのだそうです。


そもそも・・・


そもそもですよ。
幸せって「なる」もんですかね?

20年近く前、夫が私にした
プロポーズはこんな感じでした。


「僕はてるちゃんを幸せに「する」
ことはできない。
幸せは「感じる」ものだから。
僕は一生懸命、てるちゃんの理想の
環境を整える努力はするけど、
てるちゃんが「感じる」かどうかなんだよ。」


当時は、夫の言ってる意味が
よく理解出来ませんでした。


今ならわかります。
「幸せ」は、固定化できるものでは
ないんです。
瞬間瞬間、感じるだけです。


結婚したから
家を買ったから
夫が昇給したから
子供がいい学校に入ったから
たくさん貯金が出来たから
孫が出来たから
・・・・・・・・・・・
幸せになるのではありません。


幸せになったら、固定化するものでも
ありません。
ただただ、「感じる」かどうかです。


そして、それは
幸せ探しを「やめた」時に
感じるものなのです。

Pちゃんは、宗教団体のいろんな
行事?人?が重荷になっているようです。


かといって、やめるのも
何かたいへんなことが起きそうで
やめられないと思っているようです。


何でもそうですが長く続けたものは
(お金と時間を注いだものは)
価値になりますからね。


・・・・・・・・・・・
幸せになりたくて、始めたことなのに
幸せとは程遠いところにきちゃったね。


いや、幸せは遠くではありませんぞ!
いつも自分と一体ですから。
というか、自分自身が「幸せそのもの」ですから。


ああー、この「幸せ探し」の渇望って
何なんでしょうねー。


Pちゃんが言いました。
「清原は、誰が見ても中毒だけど
私たちは自覚してない中毒だったね」


イェース、もちろん私も
清原以上の中毒患者です。


何か足りない・・・

何かを知れば

何かを持てば

幸せになれるんじゃないか・・・

もっと

もっと

もっと

何か

しなければ

何か

しなければ

どこかに

きっと

幸せが

あるはずだ・・・


私とpちゃんの中毒を治すのと
清原が中毒が治すのは、
どっちが簡単かな?


アクセスでも言ってますね。
「二極性の中毒は、この世に存在
するものの中で最も強力なものの
1つです」と。


外側や未来に求めなくなるという
在り方は、けっこうたいへんです。


この世界の見え方は
外側に幸せがあるようにしか
見えないですからね・・・


「1ミリもここから動かないぞ!
幸せをどこかに求めないぞ!」
徹底的に自分の中にいて
どこかに幸せを探しに
いかないようにする練習です。
そこからスタートするしかありません。


Pちゃん、
共に「幸せ探し」中毒から
抜け出しましょうよ!
大丈夫、共に見張りっこしましょう!
(見張られたい人、集まれー!!!)



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