性欲より食欲?初期仏教の僧侶をリトリーバル

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性欲より食欲?初期仏教の僧侶をリトリーバル

あなたの変容のお手伝い!
心とからだの鍼灸師福井てるこです。

 

こんな内容を書いたら、皆さんにドン引きされるとは思いつつも許可をいただいたので書いてみますね。実は最近、リトリーバルしています。リトリーバルとは何ぞや?それは死後探索とか死者の救出などと言われるものです。死後に行くべきところに行かないで、自分の信念体系にもとづいた場所(自分が作り出した意識領域)に留まっている死者の魂をヘルパーとともに救出するものです。元々は、ロバート・モンローという大金持ちが偶然体外離脱してしまい、莫大な富を生かして研究に研究を重ね、それを音響技術で再現するヘミシンクというものを開発しました。そこで彼は死後の世界の探索や死者の救出を行ったのです。そして、そのモンロー研究所のトレーナーになろうと努力したものの叶わなかったブルース・モーエンという方が、ヘミシンクによらない誘導瞑想で死後探索する方法を編み出したのです。私はヘミシンクはすぐ眠くなってしまいます。誘導瞑想方式でやるほうが合っているみたいです。まぁ、いわゆる催眠療法(ヒプノセラピー)とほぼ同じですね。

こういう意識領域の探索は、昨年の8月から星海ケンさんという方のワークショップに参加して勉強していました(ケンさんは普通のサラリーマンですが、ブルースも自分以上の知覚を持っていると認めた人で、フロリダの彼の家にも何回も招かれています。昨年亡くなったブルースの遺志を継いでいる方と言ったらわかりやすいかな)。ケンさんのワークショップには、かれこれ5回参加したでしょうか。しかし、なかなか思うようにはいかずだいぶ腐っていました。すぐには出来なくて当然だよ~などと慰められたりしますが、私にはどうしてもやらなければならない理由があったのです。でも、もう才能ないからやめようと思った日になんと明晰夢(自分で夢だと気づいていて、しかも夢の中で自由にコントロールできる!)を体験しました。その夢の中でブルースに「おめでとう!成功したね!」(なぜか日本語で)と言われたのです。私のパターンは大体こんな感じです。一生懸命やっている時は出来ず、諦めたとたんに達成されるのです。じゃ最初から諦めればいいのかというとそれは無理なのです。頑張って頑張ってギリギリまで追い詰めないと出来ないのです(笑)

そしてなんと、その明晰夢を見た次の日からリトリーバルをしています。というとすごそうなんですが、私の治療院にはいわゆる「見える」方がよくいらっしゃるのです。その方と何らかのセッションをしているとリトリーバルになってしまう、ということなのです。つまり「見える」方がいるので成立しているわけで、コラボなんです。昨日もあるセッションをしていたら、クライアント様がこうおっしゃいました。「ああ、、、オレンジの衣を纏ったお坊さんがいる、、、苦しんでいる。」「禁欲が辛いと、、、」(失礼ながら、クライアント様と吹き出しました)

 

 

実は最近、宗教がらみのリトリーバルが続いています。一般の方より、宗教をやっていた方の信念体系は強固だと感じます。信仰を持っていたことで幸せだった方もいらっしゃるでしょうが、生前持っていた信仰に囚われ身動きが出来なくなっている方もいらっしゃいます。そういう方には私は星海ケンさんのワークショップで学んだことを行います。愛を送るのです。成仏出来ていない霊を祓うということではなく、ただひたすら愛を送るのです。するとその初期仏教の僧侶が言いました。「私は教わった通りにやってきただけだ。」そうなんです。彼が囚われているのは、あまりにも熱心に一心不乱にその信仰をやってきたせいなのです。仏教とは何かにとらわれず中庸を目指すはずなのに、戒を守りすぎて頑なになってしまったのです。

「禁欲よりも食欲のほうが辛かった、、、」突然そう言いだしました。「肉が食べたかった、、、。」鶏肉を食べたいと思っていたようです。しかし、鞭か何かで父親(この方も僧侶)に打たれたそうです。こっそり虫などを食べて紛らわしていたようです。「性欲よりも食欲のほうが本当に辛い」苦しんでいる僧侶に私はまた愛を送りました。(人に愛を送ると自分に愛が満ちてくるのを初めて感じました。人に送ることは自分に送っていることと同じことなのだと思いました)

僧侶は大丈夫になったようです。「てるこよ、ありがとう」クライアント様を通してそう言ってきました。リトリーバルをするとたいがいお礼を言われます。少し僧侶とお話をしました。(あなたはこのクライアントの過去世ですか?)と尋ねると「そのようなものだ」と答えました。(初期仏教だと、長老という位がありますね?)と尋ねると「私は上から2番目の地位にいた。」と少し自慢げに教えてくれました。今日のこのリトリーバルのことをブログに書いていいですかとクライアント様と僧侶に尋ねると、僧侶は少し渋々でした。(あなた様が自分の意識で囚われていたのが恥ずかしいのですか?それは誰でもあることなのですよ。)と伝えると、人は意識で囚われの領域を作ってしまうということをしっかりと伝わるように書くならOKということでした。(これからもこういうリトリーバルをやっていきたいけれどまだまだなんですよ)と伝えると「謙遜しなくて良い」と言われました。なんだか私のほうが励まされてしまいました。

クライアント様は頑張ることをなかなか手放せない方でしたが、ご自分の過去世?のリトリーバル(救出)に成功し、固い信念が緩んだように見えました。まるで催眠療法のようなリトリーバルでした。こういうことはいつも起こるわけではありません。たまたま見えるクライアント様だったし、セッション中に変性意識状態に入ったからというのもあるでしょう。いつかはコラボではなく一人でリトリーバルしてみたいものです。たくさんの囚われてしまった人たち、待っててくださいね!愛してまーす!


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