令和元年、言語化禁止令!

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令和元年、言語化禁止令!

潜在意識からだを調整して、楽で自然な自分になる!福井てるこです。

  

私の大好物である目覚めや意識について、同じような感覚で話せる友人は本当に少ないです。その数少ない友人が熊野に住んでいます。実際に会う機会は少ないのですが、今はZOOMというものがあるので本当に便利です。いろいろなことをあーでもないこーでもないとおしゃべり出来る時間は至福です。答えは自分の中にしかないということは真実だと思いますが、それを見つけるためには一人では難しいと実感しています。鏡というかサポーターが必要なんです。熊野の友は本当にクリアな鏡です。それは彼が私と同じように一瞥体験をしていて、自分自身を深く受容しているからでもあります。まぁ、傍から見たら完全にオタク同志の会話なんですけどね(笑)

今彼は、人を目覚めへと導く方法を考えています(宗教とかではないですよ!)エクササイズと言ったらいいでしょうか?人によってどこで引っ掛かっているかが違うので、アドバイスのポイントも違ってくるようです。つい先日彼は私に「言語化禁止令」を発布しました(笑)

彼曰く「てるこさんは経験・知識が豊富な分、目の前の出来事を頭の中のデータと照らし合わせて解釈するという回路を使いがちなので、その回路を使うのを禁じてください」「そして、それとは違う回路、つまり目の前の出来事を解釈する前の生の状態をダイレクトに受け止める回路を発達させていただきたいのです!」

 

 

うーん、さすが友よ!よく見抜いてくれていてありがとうございます。これはヴィパッサナー瞑想で行うサティ(ラベリング)と同じことを言っているように感じました。←(ほらね~、こういうことですよ。私は知識も経験も豊富なので(豊富なのは心理療法や非二元、精神世界だけに限ってのことですよ。政治経済などチンプンカンプンですからね~)、これは〇〇に似ているなぁと過去のデータベースから引っ張ってこれるのですよ。これが、物事を新鮮にありのままに見れなくしているってわけなのですよ(笑)

熊野の友人は、ヴィパッサナー瞑想を知らないのにこういうことを説明できるなんて本当に素晴らしいです。ヴィパッサナー瞑想とは、今流行のマインドフルネスの元になっている初期仏教の瞑想システムです。そこでは、私たち人間は五感+意識で生きているといっています。視覚・聴覚・体感覚・嗅覚・味覚・マインドです。これをヴィパッサナーでは眼耳鼻舌身意の六門と言っています。6つの入り口から入って来た情報に反応していることが、通常「生きている」ということの実態だと教わりました。

ヴィパッサナー瞑想は、禅などの集中する瞑想と違って観察の瞑想と言われています。今から2500年前にお釈迦様が悟った瞑想だとも教わりました。通常の瞑想は呼吸やイメージなどに集中して、雑念を持たないようにするかあるいは雑念を流していくことをやります。しかし、ヴィパッサナー瞑想は五感+意識でキャッチしたものすべてに細かくラベリングという、言語で認識確定をしていきます。例えば「カァ~」とカラスの鳴く声が聞こえたら、(カラス)とか(鳥)とか(鳴き声)とか(聞こえた)という感じに最初に浮かんだ言葉を心の中で言うのです。そしてそこで終わりにするのです。こんなことに何の意味があるかと思われる方もいらっしゃるでしょうが、意識的でない時(瞑想などしていない通常の時)は「カァ~」と聞いたら、そこから妄想(あえてきつい言い方をしていますよ)の連鎖が始まるのです。意識には上らなくても頭の中では(カラスだ~)(飲み屋の近くにいつもたくさんいるよなぁ)(怖いんだよな~)(飲み屋の人たちのごみの管理がなっていないんだよなぁ~)(まったく、ああいう人たちって!)・・・と延々と思考やイメージが連鎖していくのです。ものすごい早さで不快な感情が立ち上がってしまうのです。私たちの頭の中の止まらないおしゃべりはこんな感じなのです。そしてほとんどがネガティブ寄りの思考やイメージでしょう。これでは一日に数分や数十分ポジティブに考えたって量的に太刀打ち出来ないのです。なので、嫌悪系(怒りは嫌悪系なんです)の思考の連鎖を断ち切ることが重要なのです。さらに言えば渇望系(もっと欲しいもっと欲しい)の思考の連鎖も仏教的にはないほうがいいんでしょうね。つまり、何もつかまないっていう状態がベストかと思います(アクセスでいう白紙の状態ですね~)。

私にこの瞑想を教えてくださった地橋秀雄先生は「どんなことも等価に見ること」とおっしゃっていました。人間はどうしても自分や自分の周囲だけはとても大事に扱い、執着してしまいます。これは苦しみの原因の一つになります。ヴッパッサナーでは、どんな現象も捨てていくのです。思考やイメージの連鎖を情報が入って来た最初の入り口でバサッと断ち切るのがヴィパッサナー瞑想の醍醐味です。これを続けることによって、解釈の入らないありのままの姿を見ることが出来るようになります。意味をつけなければすべてが等価値になってきます。ヴィパッサナー瞑想は苦しみを減らす瞑想と言われています。苦しみは、起きた出来事によるのではなく、それに対する解釈から生まれると言われています(このあたりは、アクセスでいうものの見方(ポイント・オブ・ビュー)と同じですね。ただのものの見方があるだけと言う・・・)ヴィパッサナー瞑想は無駄な思考が減るので、ストレスが減り生き方がシンプルになります。仕事の効率も良くなり実際的なスピードも上がります。不快な感情が立ち上がることが減るので、当然いい気分になる時間が増えてきます。私たちの今現在の気分感情(周波数)が未来を作り出すのですから、意識的であればあるほど自分の現実は良くなるはずなんです。

ふう・・・熊野の友人の話からヴィパッサナー瞑想の話まで連鎖してしまいました(笑)しかし、言語化禁止令はなかなか難しいことです。何でも言語化してしまう回路を使って理解したいというパターン(条件づけ)に(おっと、いけね~)と気づき、瞬時に(赤ちゃんのようにありのままに全体を見てみよう)ということをしてねと友人は言っているわけです。それには意識的にいないと無理ですからね。その意識的にいるということ自体が難しいのですからねえ・・・しかし、こういう時はアクセスの問いかけです。「いつも意識的であるには?」「物事のありのままを見るには?」「言語化禁止令を楽しむには?」問いかけは答えを出すためにするわけではないのです。気づきを集めるため、可能性を開くためにするのです。自分で答えを出さないって本当に楽です。宇宙に放り投げておくだけですからね。私にはヴィパッサナー瞑想の智恵とアクセスのツールがある!言語化禁止令、ゲーム感覚でやってみるかぁ~!


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