私はバカ

アクセス・バーズ/催眠療法/鍼灸 [てるこの部屋]

私はバカ

2019-06-24

からだ潜在意識を整えて、楽で自然に生きる!福井てるこです。

 

昨日まで熊野の友人が東京に来ていました。一緒にあるワークショップに出るためでした。その帰り、友人はうちに寄ってくれました。なんと私の夫に会いたいと以前から言っていたのです。

突然でしたが、会話に飢えていた夫はずっと話し続けました。途中でお蕎麦屋さんに行きましたが、なんとなく私は苛立ってしまいました。友人が「てるこさんは頑張り過ぎ」と言ってきたからです。そんなことはわかっています!そんなのはただの正論です。頑張らなくてもいいとか頑張ることをやめるとか、そういう言葉が最近流行りですが、わかっていても頑張ることをやめることが出来ないから苦しいのです。なんだか批判されたような気持ちになってきました。私はまたまた熊野の友人に猛烈に腹が立ってきました。「頑張っているね」と共感してもらいたかったのです、本当は。

熊野の友人は視点が外に向いてはダメだよと言います。僕に怒ったって何も変わらないよと言うのです。わかっています。わかっているけれど感情的になってしまうのです。私は爆発しそうになるのをこらえ、友人の話に耳を傾けることにしました。友人は丁寧に付き合ってくれました。

 

 

なぜ「頑張り過ぎ」という言葉に反応するのか・・・私の子どもの頃は頑張ることが大切なことだと教えられてきました。しかし、最近では頑張らないなんていう言葉が大流行です。何十年か前は頑張るのが〇で今は頑張るのが×になってしまったのです。この変化にはついていけません(笑)本当のところは、頑張りたい時は頑張っていいし、頑張りたくなければ頑張らなくていいだけですけどね。頑張らなければいけないはしんどいですね。

熊野の友人は言います。「なんで頑張り過ぎと言われるのが腹が立つの?」私は考えました。夫が病気になり私が一人で支えなくてはならなくなった時、いろんな人から「頑張り過ぎ」だと言われました。特に同年代の友達から言われるのがいちばん辛かったことを思い出しました。病気じゃなくちゃんと働いてくれる夫を持つ友人に「頑張り過ぎだよ~」と簡単に言われるのがものすごく嫌でした。何もわからないくせにと思っていました。親友でもしばらく距離を置いたほどです。しかし、同じ言葉でも私と同じようにご主人の病気や介護を経験された年上の女性患者さんたちから言われるのはむしろ愛を感じました。同じ言葉でも言う人によって違うのです。熊野の友人は続けます。「頑張り過ぎだよ~って小さい子どもから言われたら腹が立つの?」う~ん、それはまったく気になりませんね。

友人は続けます。「頑張り過ぎだよって言われるとどう感じるの?」・・・まるで怒りのスイッチが入ったように何でこんなに腹が立つんだろう・・・そうだ!バカだって言われている感じだと気づきました。「頑張るのをやめられないなんてバカみたい!バーカバーカバーーーカ!」と言われている感じなのです。もちろんこれは私の解釈です。この解釈が私に怒りの感情を作り出していたのでした。友人は言いました。「バカだって言われているみたいで腹が立つのは、てるこさんが自分をバカだって思っているからです。」

ただ感じるだけのワークでも良かったのですが、タッピングで感情のエネルギーを経絡を通して解放するというEFTというセラピーをしてくれました(これは私も出来るんですよ)。最初は怒りの感情をよく感じます。消そうとしないでただただ感じ続けます。怒りの感情が解放されていくと悲しみや絶望が出てきました。絶望の次は無力感でした。落ち込みや力が入らない感じなどが次々と出てきました。なぜか私はEFTをすると眠くなるのです。抵抗なのでしょうか?そして、感情を感じながらも「自分はバカだ」という信念に辿り着いたことを嬉しく思っていました。

そうなんです。実は最近もずっと考え続けていたのです。なぜ私の目の前にこんなバカな夫がいるのだろう(ストレートすぎる表現で不愉快に感じられる方もいらっしゃるでしょう!申し訳ありません。私の思いを表現するとバカという言葉なのです。実際は認知症みたいな感じです。正確には高次脳機能障害です)、これは何の投影なんだろうと考え続けていたのです。もちろん病気も嫌だけれど、バカになってしまった夫が哀れでみじめで辛かったのです。思い起こせば、私の周りにはいつもバカ(すみません、ストレートすぎて)だと思える人がいました。母親は統合失調症だったし、父親は知能が低い人で新聞もまともに読めませんでした。なぜか声に出して読むのですが、つっかえつっかえ読むのです。漢字の読み間違いも多いので子ども心にも本当にバカにしていました。そんな父親に私はバカと言われて育ちました。バカでバカで仕方がない奴だと言われて育ったのです。私のアイデンティティはバカなのです。バカ以外の何物でもないのです。だからこそ私はバカが大嫌いでした。だからこそバカが寄ってくるのです。

ああああ、私はずっと自分をバカだと思ってきたのです。だから、周りにバカを悟られないように必死に努力してきたのです。勉強をし、本を読み、セミナーに参加して・・・でも、自分はバカだという思いがなくなることはありませんでした。むしろ余計にひどくなっていくようでした。しかし「私はバカだ」というのは真実ではなく、ただの信じ込みです。シールみたいなものです。気づいたら(気づかなかったら無理ですが)剥がせばいいだけです。そして、その信じ込みに一緒にくっついている感情も解放する必要があるのです。気づいただけで変わっていかないのはこういうことなのです。感情エネルギーを取り残してはダメなのです。

いろいろ謎が解けてきました。私の人生にベトッとくっついていた怒りや悲しみの感情。そして、絶望、無力感。何をやってもダメだという思い。思考よりも感情のほうが行動の動機になるのです。その通りに人生が展開してきただけなのです。私はバカだと思い込んでいただけで!


お問い合わせ
お問い合わせ

PAGE TOP




MENU

CONTACT
HOME